髙嶋音楽事務所社長 髙嶋弘之のブログや様々な人々との対談を掲載。

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ステレオで大失敗!

 東芝に入って2、3年目の時、メダリオン事件が起こりました。というより私が仕出かしてしまったのです。
当時、LPはまだモノラルが普通で、ステレオの登場は画期的でした。私が担当となったKAPP(キャップ)
・レコードは、ステレオを売り物とする「メダリオン・シリーズ」を発表したのです。ちなみに、ビートルズが来日した1966年(昭和41年)には、私が企画した「ザ・ベスト・オブ・ザ・ビートルズ」が、EMI本社から発売中止を命じられ、私は「ステレオ!これがビートルズVOL.1」と「ステレオ!これがビートルズVOL.2」を5月に2枚を同時発売しています。
 
 思い出したくもない「メダリオン事件」ですが、みなさんのお仕事の何かのご参考になればと思い、恥をしのんで書くことにしました。
 
 収録された曲の中で印象的だったのは「口笛吹きと子犬たち」で、オーケストラと口笛の音楽に合わせて、子犬たちが「ワン・ワン・ワン」と吠えながら左のスピーカーから右のスピーカーに走り去っていくという演出の作品でした。他の曲もみんな似たような仕掛けがありました。勿論、メダリオンのステレオは、「モノ」に慣れてきた耳には、「音の広がりと臨場感」は、「えらい時代が来たもんだなあ」と感動を持って聴きました。
 
 メダリオン・シリーズの第1回発売は、一挙に3枚を同時発売する事にしました。オリジナルLPのジャケット裏には、紙面の4分の1、縦長で約8cm幅に録音データが書いてありました。私はその録音データがみんな同一と思い込んでしまったのです。
 
 宣伝に知恵を絞った私は、当時洋楽ポップスの雑誌「Juke Box」で、「メダリオン・シリーズを語る」という紙上座談会を開催しました。音楽評論家の藤井肇先生など錚々たる先生方に集まって頂き、録音に関しては、その先生の名誉のためにお名前を割愛させて頂きますが、音響評論家のA先生が、座談会冒頭で「メダリオンの録音データ」を解説しました。
   
 A先生「このメダリオン・シリーズは、メキシコで録音され...」 
 藤井先生方「??」
 私「A先生、メキシコではないですよ!ニューヨークですよ!」
 A先生「君は何も知らないんだから、黙っていなさい!」
 私「先生!とんでもない」
 
 座談会は目茶苦茶に。
 
 話は簡単です。第1回に発売する3枚のオリジナルLPは、この3枚のアルバムを解説する評論家の先生方にお渡ししていたため、発売をしない残ったLPをA先生にお渡ししていたのです。不幸な事に、ニューヨーク録音の1枚ならまだしも、数あるアルバムの中で、たった1枚のメキシコ録音盤がA先生のところに渡っていたのです。
 
 発売の3枚とも、録音データの箇所は訂正、全部印刷し直しです。その手間たるや大変なもので、さらに印刷代も、私が弁償できる額ではありませんでした。でもその時、編集部の千野さんが「まかせておけよ」と言って、印刷会社とやりくりして下さり、私は入社早々、クビにならなくてすみました。
 
 余談ながら、私より2歳上の慶応出の千野さんは、その後編集部から学芸部に移り、「サザエさん」の主題歌制作を担当されました。今、80歳にならんとする私ですが、日曜日の夕方6時半にはフジTVを見ながら、千野さんとメダリオンを思い出しています。
 
入社時の私。

インタビューが掲載中です。

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現在発売中のMONOマガジン(11月号)に社長・高嶋弘之のインタビューが掲載中です。 同雑誌は、全国の書店と一部のコンビニエンスストアなどで販売されています。 スタッフより  

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 永 六輔さんに続いて、大橋巨泉さんが亡くなられました。テレビで大活躍されるようになってからは、滅多にお会いすることはありませんでしたが、昭和35年頃でしょうか、私が東芝レコードの洋楽ディレクターとして働いている時には週に何度もお目にかかっていました。   私と同じ昭和9年生まれですが、巨泉さんは3月生まれなので学年は1年上。早稲田の先輩で、体格も立派な方だったのですごいジャズ評論...

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そろそろ、私のビートルズ・トークもお終いかなぁ。

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